太古の婚活といえども、単純なものとは限らないというお話です。
大昔は、父親の地位で子供たちの地位が決まってしまうというのは、過言ではありませんでした。

例えば平安時代ならば、同じ貴族だといっても父親の地位でかなり境遇が違ったのでした。
しかも代々天皇にお仕えする身分だった、いわゆる「名門」であっても。家長である父親もしくは跡取りとなる長男がいなくなった家や悲惨だったといいます。

なにが悲惨だったのか?
答えは、「経済力」です。
これって、昔も今も同じなんですよね。

そうなると、男性がいなくなった家では負の連鎖がはじまります。
というのも、女性が生活できるような仕事がありませんでした。
特に貴族の身分の女性に「仕事」の認識もなかったことでしょう。

だからまず、生活が苦しくなる。
身の回りの世話をしてくれた人がいなくなる。
都に住むことが出来ず、遠い場所での不自由な生活を送らなければならなくなる。

この事でどうなるのか?というと・・・、
都に行くのが遠すぎて、しかも行くにも旅費がかかるという理由で、今まで口にしていた食べ物が食べれなくなります。

そして、遂には適齢期となった姫がどんなに美しくとも、姫が対象にしたい学問がある貴族の男性たちが都に住んでいるため、対象の異性と会う機会がないということになります。

そして・・・、姫は適齢期を迎えても独身として・・・。

今ではあり得ないことですが、女性に仕事の機会がほぼなかった太古の話です。

それでも、「美しい姫」がいるという噂をたどり来る男性、もしくは狩りなどで人里離れた場所に迷い偶然にも姫と出会うという話から、物語が始まることもあります。

しかし、よく考えてみてください。
とても稀少で珍しいから物語となるのです。

第一、「美しい姫」の噂は誰がたてるのでしょうか?
これは現代で言えば、宣伝効果です。

この宣伝効果は、現在ではCMなどのタレント活動という特殊な環境となりますが、
もっと一般的なのが、婚活ということになります。

つまり、なにもしないと「噂」にこそ、ならないということになります。

ところで物語の続きをいえば、勇敢な貴族の若者に見染められた悲劇だった姫は、母親と共に都へかえり、その貴族の若者と幸せに暮らしました・・・、ということになりますが、現代でこの事を考えるとどうなるのでしょうか?

1.姫は幸せな一生となる
2.その姫にふさわしい生活を与えられるが、周囲のいじめに遭いながらも若者がかばってくれて幸せな一生となる。
3.始めは優しかった貴族の若者だが、仕事が忙しいうえに、意外にも面倒くさがり屋で姫の相談はおろか、全部を姫に任せた結果、姫はいじめに耐えるだけとなる。
4.3のような状態であっても、夫婦には子供に恵まれたこどで姫は旦那の貴族の若者をあてにしないようになる。子供が成長するにつれて、姫の意見もとおるようになる。
5.子供が成長して母親思いとなってくれたのを機会に、旦那を家族の中の窓際族に追いやる。

なんて、言い出せばどれだけのパターンがあるでしょうか。
太古の女性は、地位のある男性だけでなく、子供を授かり母となることが要求されがちでした。

では、子供ができなかったとしたら・・・?
男性が妻に対して愛情がある場合、養子を迎えるということになります。

ある地域では、養子を迎えると実子に授かるといわれていたそうです。

本当に安心できるパートナーと出会うのが今昔かわらず重大だといえるようです。