誰よりも1番というタイミングできたワープロは、母からのプレゼントだった。
まだ、どうやって使うのはわからず、そのまま3年放置!
その間にCMやドラマで使用される光景を見て、やっとこれが「ワープロ」なのだとわかった。

当時はでかい機械の箱は、プリンター内蔵だけど持ち運びなんて絶対無理な難解の箱だった。

英文タイプができた私にとって、やっと自分の時代がきたというのに、呑気にも機械音痴がMAX状態だった。

月日は流れて、母はいない。
優しく、たくましく、悲しく生きた、若い時は美人だった母は、女の一生としては儚いものだった。

今の私は母の涙の結果、生きれるだけ活きて頑張りたいと思う。